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  • Hitotsu

    結婚して20年が経った。20年と言う数字だけ聞けば、それなりに重みのある期間で、しみじみ振り返るものなのかなと思ったが、まだ僕らは旅の途中と言う感覚が強く、来た道を振り返るのは時期尚早な気がする。

    しかしながら、こうやって同じ方向を目指して今も一緒に歩むことができるこの状況を、ささやかに乾杯するのも良いねと言う話になり、一軒のレストランを予約した。

    こう言った時のインスピレーションは奥さんのが長けているので任せたところ、戸塚駅の近くにあるHitotsuと言うセンスの良さそうなお店を見つけてくれた。

    雨の降る土曜日の夕方。JRと地下鉄の乗り換えの拠点で、人通りも多い戸塚の駅前、静けさとは無縁そうな通りを少し行ったところにあるマンションの一階にそのお店はあった。

    扉を潜ると、打ちっぱなしのコンクリートの壁を暖かみのある照明が照らし、ミニマムに整えられたインテリア、穏やか音色のBGMが調和していて、外の喧騒とは別世界の空間が僕らを迎えてくれた。

    東京を離れた地方で、類い稀ないセンスを発揮し、自分の才能や世界観と向き合う若きオーナーシェフと出会うことがあるが、このお店にもそんなオーラが漂っていて、何だか知らない街へと旅に来た非日常感すら覚えた。

    乾杯を皮切りに出されるコース。ありきたりの言葉で恐縮だけれど、本当にどれも素晴らしかった。オーナーシェフの奥様が野菜料理の研究家だそうで、野菜を中心とした料理は繊細だが、生命力に満ちていて、身体に英気を与えてくれる。

    聞いたところ、1〜2ヶ月に一度、季節の移ろいに合わせてコースのテーマや食材、メニューを見直すそうだが、一品一品には作品の如くそれぞれタイトルが付けられていて、そこに秘められたコンセプトが料理の隠し味にもなっていそうだ。

    特にコースの2番目に出される野菜のパフェは絶品だった。デザートでなく料理として提供される逸品。今回は玉ねぎのパフェだったが、色とりどりのカット野菜がアクセントにもなり、飽きがこないし、斬新で、一口ごとに何度も目を見開いた。

    更にはメインで出てくるお肉。野菜中心のメニューの中で最後に登場するお肉の存在は際立っていて、命の重み、日頃忘れかけている食への感謝の念を思い起こさせ、僕らはいつも以上にしっかりと最後までその有り難みを味わった。

    もう一つ、このお店はスタッフの方々も最高だった。事前に予約確認の電話を頂いていたが、その折に何気なく話した結婚記念の会話を、サプライズの品に変えて準備して下さっていた。そんな優しさや心遣いに満ちた接客も、この日過ごした時間に花を添えてくれた。

    食べて愉しみ、感じつつ、そして大切なパートナーとこの瞬間を噛み締めながら過ごせたこと。20周年の記念にはこの上ないチョイスであり、いつか振り返ったとき、忘れられない一コマになると感じた。

    そして、一度しか来ない20年目の節目にチョイスするのは、店名のとおり、ここ「Hitotsu」だけだったのかなと思った。

  • 想いを巡らす

    今日は早く帰宅しなくてはならなかった。速やかにパソコンの電源を落とし、余計な仕事で捕まらないよう、いそいそと会社を後にする。いつも時間管理がギリギリな僕が、珍しく余裕を持って地下鉄に乗り込み、いいリズムで乗り換えながら東京駅に辿り着く。

    平日の夕方、家路を急ぐ通勤客や日本の各地に向かう観光客の人波を縫うように東海道線のホームに向かう途中、電光掲示板に映る列車遅延の表示が、せっかくのテンポに水を差した。

    どうやら事故の影響で電車が止まっているらしい。しかもまだ電車が止まったばかりのタイミングで、家のある湘南方面に向かう他のJRの路線も全て運転を見合わせていて、当面はこの混沌が続きそうだった。

    JR線と至近で並走する京急線などの私鉄は相当な混雑が予想されることから、少し遠回りにはなるが、僕は地下鉄で中目黒に向かい、東横線で横浜まで向かう。

    東京駅からからの地下鉄の車内はさほどの混雑もなく、狙い通りと思ったのも束の間、東横線に乗り換える中目黒駅のホームは多くの人で溢れていて、満杯でやって来る電車を何本かやり過ごさなくていけない状況だった。

    数本待った後にやってきた各駅停車は比較的空いており、車内中程まで進み、幸いにも体勢を保てるだけのスペースを確保することが出来た。吊り革にしがみつく僕の隣にはフランス人と思しき小柄な初老の女性が立っていたが、他の乗客同様に何処となく怪訝そうな表情で、少しばかり苛立っている様にも見えた。

    疲れや不機嫌さが入り混じる車内、ゆっくりと走り出す車体。こんな状況でも平常心を保てれば、悟りを開けるかも知れない。そんな事を考えている間に電車は次の駅で停車し、思ったより多くの人達が降りていった。そして目の前の席が空き腰掛けようとした矢先、先程のフランス人らしきマダムと目が合ってしまった。

    こんな環境での席の確保はまさに千載一遇のチャンスだったが、座わりたいという気持ちを押しのけるように、なぜか譲るべきという気持ちが僕の中にやってきて、気がつくと笑顔でそのマダムに席を譲っていた。彼女は意外と言う表情を示しつつ、軽く頭を下げ、やや遠慮がちに席に座った。

    それから各駅に電車は止まり、人は降りるものの、なかなか席は空かず、暫し僕は吊り革と一体化して電車に揺られる。それでも中目黒と横浜のちょうど中間位までやって来て、このまま直立不動で横浜まで行く覚悟をしたタイミングでやっと席が空き、先程のマダムの隣に腰を降ろした。

    訪れた平安を味わいながら、僕はイヤホンをして気になっていた動画を見つつ、暫し自分の世界に浸る。電車は急ぐことなく、厳かな儀式の様に一駅一駅、律儀に丁寧に横浜を目指し、気がつけば一つ前の反町の駅までやって来た。すっかり忘れていたが、JR線はどんな状況だろうか?

    車内では間も無く横浜駅に到着するアナウンスが流れ、電車はホームに滑り込み、ブレーキと共に減速してゆく。そして帰宅に向けた次なる道のりに向け、立ち上がろうした僕の手を、ふと誰かが引き留めた。

    びっくりして眼を向けると、先程のマダムが唐突だけれど丁寧に、しかも日本語で御礼を伝えてきた。

    「アリガトウ、ゴザイマシタ」

    御礼、日本語、それだけで少し意表をつかれたが、更には「ワタシはトナリエキです」と言う、返しの難しい二言目に、僕は笑顔で手を振ってその場を去る事しか出来なかった。

    何だか心がざわついていた。そんな言葉を掛けてくれたことが嬉しかっただけに、「お気をつけて」位の気の利いたことが言えればよかった。自分のリアクションの薄っぺらさを痛感し、妄想の中で、何度も彼女に「お気をつけて」の言葉を投げ掛けた。

    思い返せば、僕が吊り革を掴んで瞑想ならぬ迷走の思索をしていた時も、更には席に座り自分の世界に浸り込んでいた間も、彼女は席を譲って貰った感謝をどう伝えようかとずっと考えていたのだろうか…

    横浜駅では、直ぐにJR線が運転を再開し、結局は思った程のロスもなく家路に着くことが出来た。あの横浜駅の車内での思いがけない会話から何だか流れが変わったと感じた。

    彼女が用意してくれていたかも知れない、その優しさ。見知らぬ誰かの想いは、その後も暫し消えることなく、僕の中を巡り続けていた。

  • センチュリーのタクシー

    仕事で愛媛県の松山市に行った。松山には過去数回訪れたことがあったが、これまでは全て空路で、今回初めて電車を使い陸伝いでこの街に入った。

    かつての城下町だった街は、その中心が城跡を取り囲む様に広がり、汽車の駅はそこから離れた場所に後から作られたケースが多い。松山もそんな街の1つで、駅から繁華街まではそれなりの距離がある。

    1月の真冬の空の下、3日分の荷物を詰め込んだスーツケースを引きずり、僕はタクシー乗り場に向かって歩く。夕暮れの松山。優しいオレンジに染まりゆく街が、少しばかり寒さを和らげてくれている。

    タクシー乗り場で客待ちをする車列に沿って歩きながら、僕はこれから自分が乗ろうとする最前に陣取るタクシーに少し違和感を感じていた。そこにはタクシーの車種としてはなかなか見ることのない高級車「センチュリー」が待ち構えていた。

    センチュリーと言えば政治家やちょっと怖そうな方々が使う、いわゆる黒塗りと言われる車。トヨタ自動車が販売する中でもおそらく最上級車種で、自家用車で使われることはほぼ無く、それなりの威圧感はタクシーとしてもそぐわない印象もある。

    しかもE.YAZAWAのステッカーが、その車種の威厳に更に凄みを加えていて、気楽には乗れなそうだなと少し緊張しつつ窓をノックする。

    こちらに気づいた運転手さんが急いで降りてきた。美味しいコーヒーを出してくれる喫茶店のマスターの様な、身なりの綺麗な紳士的で丁寧な言葉遣いの運転手さんが、スーツケースをトランクに素早く運んでくれた。

    良い人でよかった。走り出した車内、運転手さんの人柄に安心し、タクシーとしては勿論、人生で初めてセンチュリーに乗ったと、僕から話を切り出した。

    60代中盤くらいの運転手さんは、「おそらく四国ではこの1台、全国でも聞いたことがないですね」と嬉しそうに、そして少し誇らしげハンドルを握り、ご自身の話をしてくださった。

    若い時は働き詰めで、色々我慢することも多かったが、子育ても終わった頃から、自分らしく、そして好きなものに囲まれて毎日を過ごしたいという想いが強くなり、兼ねてから乗ってみたかったセンチュリーを相棒に、10年程前からこのスタイルで仕事をされているそうだ。

    相棒のセンチュリーは20数年前の古い型式だそうで、内装は現代の様な電子・AI的な設えは皆無で、木目調のパーツが静かに佇み、その1つ1つに愛情が込められ、しっかり手入れされているのが分かる。

    今日は気を遣ってかけなかったものの、1人でタクシーを流している時は、永ちゃんの音楽を心のガソリンに、楽しくお仕事をされているそうだ。

    思わず、以前に何の仕事をされていたか、ずっとタクシーの運転手さんをされているのか、聞いてみたいとも思ったが、今ここにある運転手さんの存在感が際立っていて、深掘りするのも野暮だと感じ、良き塩梅に身を任せた。

    アクセルを踏む度に、静かにうねりを上げるエンジン。吸い付く様にブレることなく安定して走る車体。丁寧に言葉を紡いでくれる運転手さん。駅から目的地までの10分余りの時間。誰にも教えたくない非日常な秘密のアジトを見つけた気分だった。

    降車時、荷物を下ろしてくれた運転手さんに御礼を伝え、走り去るタクシーを見送った。その姿に、乗る前にあった違和感は感じず、またこの街に来た時には、あのセンチュリーのタクシーに出会いたいなと思った。そして一期一会、人生の良い先輩にお会い出来たと感じた。

  • 小さな神様の話

    昨年12月のある朝、僕は羽田から大阪伊丹行きの飛行機の中にいた。ちょうど全乗客が搭乗し、CAの皆さんが細やかに気を配りつつ離陸に向け準備がなされていた。

    一連の作業が滞りなく完了し、機体が駐機場から静かに動き出した頃、機内の静けさをつんざく様な大きな声が響いた。声の主は僕の数席前の3〜4歳位の小さな女の子だったが、両脇でなだめるご両親の声に耳を傾ける様子もなく、「シートベルトをしたくない」と発していた。

    最初は周りの乗客もよくある機内の光景くらいで流しつつ、CAの方々も小慣れた雰囲気でやり過ごそうとしていたが、女の子の声は少しずつ大きくなるエンジン音をも凌駕するくらいの存在感になって行った。

    「シートベルトをしたくない」「絶対に嫌だ」「締めるのが痛い」

    聞こえてくるご両親とCAさんの話によると飛行機に乗るのが今回初めての様で、その不安が癇癪に火を点けてしまったのかと思ったが、どうやら彼女はシートベルトそのものが嫌とのこと。

    離陸に向け滑走路を進む機体。空に飛び立つまでのタイムリミットが迫る中、全力で自分の感情をぶつける女の子と、プロとしての威信にかけ何とかシートベルトをさせようとするCAの激しいやり取りが暫し続いた。

    だが、百戦錬磨の笑顔は全く効き目を持たず、目線を落としての丁寧な会話も無駄でしかなく、本来は1種類しか貰えないプレゼントを全種類あげるという奥の手すら、「私に全部くれるなら他の誰かにあげるべき」という意外な程に真っ当な返答の前になすすべもなく。

    腰を浮かせて、この戦況を見守る他の乗客達も、この至極真っ当な女の子の返しにはぐうの音も出ず、文句すら漏れてこず、もはやこの機内においては彼女が離陸できるか否かの命運を握る絶対的な存在となった。

    いよいよ機内は大慌てでCAが立ち替わり入れ替わり、数人がかりでシートベルトをさせようと説得するも、この小さな神様が納得する答えを見つけられず時間だけが過ぎていく。機長からはアナウンスで諸事情により離陸が出来ないという説明までされ、女の子のご両親も気まずく憔悴されていた。

    僕も昔はこんな無双な状況で癇癪を起こして、よく親や周囲の大人を困らせていたなと、泣き叫ぶ女の子と自分を重ね合わせ、心の中であの時は申し訳なかったと数十年前のことを思い出したりもした。乗り合わせた多くの人が同じ気持ちだったのか、自己主張の強そうな大阪行きの乗客からは不思議と不満の言葉は発せられなかった。

    そんな中、幕切れは意外にもあっけなくやってきた。あと数分で離陸中止となる直前、騒ぎ疲れた女の子の間隙を突いて、ベテランCAにより手早くシートベルトが締められ、ご両親にしっかり手を握られ、小さな神様と僕らは無事に空に飛び立った。

    雲の上、機内は静寂だった。あれだけの難事の後だけに、エンジンの音すらもはや無音に感じた。着陸のタイミングでまた一悶着あるかとも思ったが、仕事をやり切った神様はお疲れの様で、着陸の衝撃も気づかないくらいにスヤスヤと眠っていた。

    駐機場に到着し、みんな何事もなかった様に降りて行った。それがご両親への配慮だと感じたのだろうか。そんな中で1人の男性が女の子のお父さんに話かけていた。

    「プレゼントを私でなくて誰かにあげるべき」

    幼い女の子が我が儘で騒いでいるならばこんな事を言えるはずがなく、娘さんは素晴らしい感性があって将来楽しみという様なことを伝えていた。ご両親も飛行機に乗ることがトラウマにならず、救われたと思った。女の子だけじゃなく、ここにも小さな神様がいた。

    泣けてくる話だなと思った。そして、とても清々しかった。誰の心の中にも、小さな神様は宿っているなとしみじみと感じてしまった。