EDDIE VEDDER

最初に言っておくと、今日はただの偏愛の話になってしまう。それでも構わないと言う方はお付き合いを。

多くの皆さんと同じ様に、僕にも人生のヒーローがいる。その人はパールジャムというアメリカのロックバンドのボーカリストでエディ・ヴェダーという人物だ。

日本ではあまり認知されていないが、1980年代後半から1990年代のアメリカの音楽シーンを席巻したグランジというジャンルの中心的バンドの1つがパールジャムで、そのフロントマンがエディ・ヴェダーである。

同じジャンルの最も代表的なバンドがおそらく誰しも名前は聞いたことがあるだろうニルヴァーナ。当時は特にアメリカではこね2つのバンドの人気が凄かったが、日本ではそのファッションや音楽性の好みもあってかニルヴァーナが人気を博した。

一方で少し音楽性がとっつきづらく、歌詞も内向的、また時に既得権益と真っ向勝負する政治的な言動も馴染まなかったのか、日本ではパールジャムは一部の熱狂的なファンに支持される存在だった。

僕が初めて彼らの曲を聴いたのは今から30年前の二十歳の頃。敢えて皆んなが行かない方向を選ぶ、少し捻くれた性格も影響し、何となくパールジャムを聴き始めた。勿論最初は曲も取っ付きずらいし、当時のエディは尖りまくっていて、彼らの音楽が身体に沁み入るまでにはそれなりの時間を要した。

しかし、静と動が共存した独特且つパワフルなバンドサウンドと、荒々しさの中に研ぎ澄まされた繊細さが際立つエディの歌声に一度ハマると、むしろそこから離れることは難しく、パールジャムは僕の生活、身体の一部になった。

気がつけば、僕の人生で最も不確実で不安定なあの頃、彼らの音楽は癒しであり、救いであり、そしてエネルギーを与えてくれるかけがえのない存在で、停滞しそうな僕の心に光を与えてくれた。

2003年にパールジャムが来日した際には、武道館でのライブを観ることができた。控えめに言って最高だった。アメリカによるイラクへの攻撃が世界のニュースを賑わしていた時期で、彼らは反戦や社会の理不尽を訴えながら魂を震わせて、ステージは熱量とある種の緊張感に包まれていた。一方で認知度の低さから、幾つかの会場は客席が埋まらず、エディもバンドも日本を嫌いになってしまったとの噂も広まり、実際それ以降彼らが日本を訪れることは無かった。

彼らの日本からの距離が遠ざかる状況に加え、僕自身の環境も変わった。社会に出て暮らす中で、良く言えば丸みを帯びてきて、悪く言うと心の声とは向き合わず、エディやパールジャムの世界からは少しスライドしたところで、ある種、客観的に彼や彼らの活動を横目に、日々を追われる様に過ごした。

2003年の来日から20年以上の時が経った。エディの日本嫌いが既成事実になりかけ、パールジャムとの記憶が薄れかけていた2025年の年末、エディがソロで来日することが唐突に発表された。

何故にこのタイミングで日本に?驚きの方が大きく、何だかピンと来ないながらも、急いでチケットを押さえ、過ぎ去った時間を手繰り寄せるように、エディのことを調べたりパールジャムやソロ作品の曲を改めて何度も聴いたりした。

かつて大好きだった音楽を何度も聞き、エディの近況を調べているうちに、心が少しずつ強いエネルギーで満たされ始め、20代のあの頃の感覚が蘇ってきて、ライブがとても楽しみになってきた。

因みに、時代の寵児、ある意味時代の異端として、行き場を失いかけていた我々の代弁者だったエディも、様々な経験の中で優しさと包容力が増し、愛に満たされた存在となっていた。

直近では表皮水疱症(EB)と言う難病患者の子供たちに十分な治療が行き届く様、奥さんのジルと共に活動をしている。その模様は『マター・オブ・タイム』と言うドキュメンタリー映画に纏められているが、患者の子供達を見つめる眼差しが澄んだ水面のように優しく、とても印象的だった。

さて当日のライブ。贔屓目抜きに本当に素晴らしかった。60歳を超えているにも関わらず、とんでもない声量で、ギター1本のソロライブとは思えない迫力と重厚感。そしてバンドスタイルでは無いが故、その声が際立ったが、こんなにも美しい声をしていたのかと改めて気付かされた。

約2時間のライブ。MCではカンペ片手に一生懸命、日本語で何度も感謝の気持ちを伝えてくれ、日本嫌いはただの噂、もしくは過去の話に過ぎないと感じさせられた。

往年のファンも、僕もまた目を潤ませながら、その圧倒的なライブと彼が目の前にいると言うある種奇跡の様な瞬間をただただ見つめていた。グランジと言う一世を風靡した中心的なバンドのフロントマンは皆、既にこの世を去っており、正に目の前にいるエディは過酷な時代から生還した生きる奇跡そのものだった。

ライブの終わり、エディがステージから去っていくタイミング。エディへの感謝の気持ちと寂しさが去来した。そしてちょっと声が苦手と言っていた奥さんが、僕の隣で去り行くエディに大きく手を降っていた。「初めて生で聴いたけど、良い声だった。感動したよ」。そんな奥さんの言葉が嬉しかった。

今回のライブもその少し前に見たドキュメンタリー映画も素晴らしかった。僕の中で止まっていた時間が動き出し、また心に火が灯った。今後の僕の人生、エディに会うことは無いだろうけれど、もし会えるならば今の気持ちをしっかり保存して、「あなたのファンで良かった」と、ただそれだけを伝えられたらと思った。