
3月の頭、台湾に行って来た。20年ぶりの台湾、前回行った時のことは余り覚えていない。おそらく流行りや表向きの暮らしは変わっているのかも知れないが、どことなく懐かしいアジア特有の香りや、石造りの昔ながらの建物が並ぶ街の景色は、当時と変わらずそこにある様な気がする。
台湾と言えば、食文化や台北などの街巡りが観光としてはポピュラーだが、今回一番印象に残ったのは自然のエネルギー・生命力だった。
前回同様、今回も台北を中心とした滞在で、街を巡ることがメインだったが、ともかく街中は緑で溢れていた。街路に公園、マンションやアパートのベランダに至るまで、ともかく木々や植物が溢れる様が目に付く。
たまたま週末に開催される大型のフリーマーケットに行く機会があったが、会場を埋め尽くす多くの出店のほとんどが観葉植物やミニ盆栽などの植物に関するもので、多くの人たちが、それぞれの暮らしを彩るためにそれらを買い求め、そしてそれらが街の表情の一部として生き付く。
今回、台北から東にバスで90分程の場所にある九份と言う観光地にも行った。ここは映画『千と千尋の神隠し』の舞台になったとも言われる場所で、かつて炭鉱の街だった頃の歴史的な街並みが特徴的だが、周囲は「豊かな自然」というよりも「生命力の塊」と言う表現がピッタリの山々に囲まれていた。
台北から九份までの車窓。台北を出発して程なく深い緑が人の暮らしを包み込む。緯度が沖縄よりも南に位置している台湾。亜熱帯の気候に属するこの場所は、強い大地のエネルギーに満ちた自然こそがその象徴と言える島なのだと実感する。
話は変わるが、台湾の人たちはとても親切で謙虚だった。物静かで、声色やトーンも穏やかで、旅をしていて嫌な思いをすることも無かったし、都心部によくある空気が淀んで近寄り難い様な場所にも巡り会わなかった。電車を待つ誰もが列を作って順番を守って並ぶ姿は特に印象的で、正直そんな律儀な振舞いを、海外で見るは初めてだった。
日本人の感覚・感性に近いと思わせられる様な場面がいくつもあり、かつて台湾と我々は何か同じ起源・DNAを共有する存在だったのかも知れない、そんな気にもなった。仮にそうだった場合、その根底には自然のエネルギーを受け取ることのできる感受性や畏怖の念、そして自然には敵わない、人間は自然の一部という謙虚さがあるのではないのだろうか。
滞在最終日の穏やかな午後、想いを巡らせながら歩く台北の古い商店街。人も建物も植物も、全てが調和し、輝きを放っている。日常の一コマにも台湾と言う土地が持つエネルギーが宿っている様で、そんな光景に触れていると、静かながらも力強く、僕の心も震え出す様な気がした。